フランス・パリ・観光地・名所のABガイド記事
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マリーアントワネットが最期の日々を過ごした牢獄コンシエルジュリー
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- 夏樹
音楽修行に渡仏し20年。教会オルガニストとして活動する傍ら、日本の女性誌やWEBにフランスの新鮮な話題を常時発信。在仏日本人向けコミュニティー誌「Bisou」や、海外で活動するライター仲間が集るメルマガ「地球はとっても丸い」の編集にも携わる。
牢獄として有名なコンシエルジュリー、もとは王宮
シテ島には5世紀から王様の住居がありましたが、14世紀初頭にフィリップ端麗王と呼ばれる、とってもハンサムな王様によって建設されたのがこの宮殿。後代のシャルル5世は、まだ幼かったとき、この場でパリ市民が反乱を起こして宮殿内に流れ込むというシーンを目撃したためか、この場で生活するのを嫌い、ルーブル宮殿に引っ越し。その後、コンシエルジュリーと名付けられ、裁判所兼牢獄として使用されることになりました。
憲兵の間
フィリップ端麗王の時代、宮廷に仕える人々(聖職者、使用人、兵隊たち)の生活の場であったのが、この「憲兵の間」。食事をし、着替えたり、銃の手入れをしたり、トランプして遊んだり、約2千人が雑魚寝状態だったようです。上階には、貴族や王族の大広間があり、華やかなレセプションが繰り広げられていたわけですが、その場はもう取り壊されて残っていません。わずか、上階との行き来に使用されていた階段が残っているだけ。
20世紀初頭まで牢屋だった!
囚人たちが閉じ込められていた部屋は、現在、いくつか展示用に再現されているのみ。藁の上で寝かされる部屋は一番低いカテゴリーで、指定の料金を払うと入れるベッド付きの部屋もあったということ。貴族出身の囚人は、自分の家具を入れることができる大きめの独房に入ることができたというから、牢屋にもランキングがあったということですね。囚われの身であっても、お金さえあれば、おいしいものを食べたり、気持ちよく身だしなみを整えたりすることもできたというのにはびっくり。
マリーアントワネットの独房跡に建てられたチャペル(祈祷所)
ギロチン台で処刑されるまでマリーアントワネットが過ごした独房、今は小さなチャペルになっています。手紙や、十字架など彼女の遺品を見ることができます。外にでると「女たちの庭」。女性囚人たちが食事を作ったり、洗濯をしていた小さな中庭で、その片隅には柵で囲われた一角が……「12人の一角」といわれるこの場に、処刑者は12人づつ閉じ込められ、そこから二輪荷車に乗せられて処刑台に連れて行かれたということで、最期の別れの場だったよう。お隣のサント・シャペルといっしょに見学すれば割安になるので、フランスの中世をぜひ堪能してくださいね。
【関連情報】
■ Conciergerie
住所:2 Boulevard du cite, 75001, Paris
メトロ:cite
開館時間:9時半から午後5時、年中無休
入場料:6.5ユーロ (17歳以下は無料)
掲載日:2008/05/08
※上記は記事掲載時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。
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