ギリシア・パトラ・観光地・名所のABガイド記事
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使徒アンドレアスの殉教の地、パトラの聖アンドレアス教会
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イタリアとギリシャを結ぶフェリーが行き交う海の町、パトラに引っ越して約5年。ギリシャ人の夫と一人息子との3人暮らしです。日本好きなギリシャの学生に日本語を教えたり、通訳や翻訳に携わりつつも、今は子育てがとっても忙しい毎日!ブログ「地中海とカフェDiary」でギリシャ生活について綴っています。
ヨーロッパ中に広まった聖アンドレアスの名前
ヨーロッパやアメリカにとても多いアンドレア、アンドレアス、アンドリュー、アンドレなどの名前を聞いたことがあるでしょうか。キリスト教の国々では名前は聖人にちなんで名づけられます。これらの名前の由来は全てアンドレアス、つまり、イエスの12使徒の中でも最初に弟子となった聖アンドレアスにちなんでつけられているのです。使徒アンドレアスは黒海やカスピ海沿岸で布教をし、その後南下して最後にギリシャ西方の港町、パトラで布教をしますが、奇跡を起こして有名になると当地の支配者や異教の聖職者の反感を買い、磔にされて殉教しました。ただし伝説がいろいろあって、ロシアでは布教をしつつキエフまでたどり着き、ロシアにキリスト教をもたらしたとされ、スコットランドでは遺骨がスコットランドまで運ばれたと信じられていて、守護聖人にもなっています。
パトラの聖アンドレア教会
パトラの海に面して建つ、バルカン半島で一番大きな教会である聖アンドレアス教会には、その聖アンドレアスの遺骨が祭られています。中でも特に印象的なのは、1964年にパトラの聖アンドレアス教会へ返還されるまでバチカンで保存されていた、聖アンドレアスの頭蓋骨。銀で装飾された容器に守られて大切に祭られています。また教会の内部は近年やっと完成したモザイクで装飾されていて圧巻です。ここには11月30日の聖アンドレアの祝日に世界中から人々が訪れます。この右隣には、古い聖アンドレアス教会が建っています。本来の聖アンドレアス教会の歴史は5世紀にまで遡るそうですが、トルコとの戦争や地震などで破壊され、その教会跡の上に1836年から1843年の間に建てられた建築物が現存のもの。この教会のすぐ右に小さな入り口があり、階段があって地下へ降りることができます。ここで使徒アンドレアスが布教活動をしていたと言われ、磔にされた場所でもあるそうです。
X字の十字架
聖アンドレアス教会の外には、アルファベットのエックスの形のライトがつるされています。実は、これは聖アンドレアスのシンボルとなっています。このパトラの地で磔になった際の十字架がエックス字型だったことが由来しているのですが、信じられないことに、この木製の本物の十字架がまだ保存されていて、新しい聖アンドレアス教会の右奥に飾られています(フランス、マルセイユの聖ヴィクトール教会の地下クリプタに保存されていたのですが1980年にパトラに返還されました)。またこのX字のシンボルは、イギリスの国旗にも使われています(エックス型の白の部分が聖アンドリューのシンボルで、本来スコットランドの守護聖人としてスコットランドの旗に使われているもの)。
【関連情報】
2008年現在、古い聖アンドレアス教会のみ、修復のため全面閉鎖となっています。修復は2008年の11月30日の聖アンドレアスの祝日までに間に合わせたいとのことですが、まだはっきりいつ終了するかわかりません。
掲載日:2008/03/03
※上記は記事掲載時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。
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